2022年5月アーカイブ

May 31, 2022

マックス・リヒターとピーナッツバター

●自分の守備範囲からは外れるのだが、ポストクラシカルの作曲家、マックス・リヒターがニューアルバム「ニュー・フォー・シーズンズ ヴィヴァルディ・リコンポーズド」をリリースする。これは「リコンポーズド・バイ・マックス・リヒター~ヴィヴァルディ:四季」の10周年記念再録音なのだそうで、今回は「チネケ!」オーケストラにマックス・リヒターのシンセサイザーが加わる。この「チネケ!」(イボ語で「神」の意)とは、エスニック・マイノリティにより結成されたイギリス初のプロ・オーケストラで、BBCプロムスにも出演している。
●で、今回はオーケストラがガット弦とバロック弓を使用する一方、シンセサイザーはヴィンテージとも言うべき70年代のモーグを使っているのだとか。発売元資料によると、このこだわりのサウンドについてリヒターは「なめらかなピーナッツバターと、粒々の入ったピーナッツバターの違い」だと語っている。で、ここからが本題なのだが、そう、ピーナッツバターには2種類あるのだ! 以前、「SKIPPY ピーナッツバター チャンク、それともクリーミー?」でも書いたように、SKIPPYには青色ラベルの粒々入りのチャンク、水色ラベルのクリーミーの2種類がある。いや、SKIPPYだけではない。SKIPPYのライバルJifにもやはりチャンクとクリーミーがある(Jifなんて知らない? まあ、その辺のお店じゃ見かけない)。マックス・リヒターはチャンクが好きなのだろう。さて、ピーナッツクリームはチャンクとクリーミー、どちらがよいのか。あなたはチャンク派なのか、それともクリーミー派なのか。
●一時期、SKIPPYにハマっていたワタシは両者を交互に使い、何本ものSKIPPYを空にした結果、ひとつの結論に達した。チャンクの食感はよい。しかしトーストに塗りやすいのは断然クリーミーだ。もし自分で塗らなくてもいいのならチャンク、しかし自分で塗るのならクリーミーの利便性はチャンクの食感を凌駕する。朝は慌ただしい。実用性は理想に勝る。これが結論だ。そして、どちらも脂質たっぷりであることにかわりない。脂質の多い食い物はたいていうまい。たっぷりとトーストに塗るが吉。

May 30, 2022

ファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団の「シェエラザード」他

●26日はサントリーホールでファビオ・ルイージ指揮N響。ルイージはN響の次期首席指揮者。プログラムはメンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」、ラヴェルのピアノ協奏曲(小菅優)、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。ソリストの入るラヴェル作品を別とすれば、海つながりのプログラム。今回の定期公演Bプロがそのまま3日後に本土復帰50年を記念して沖縄でも演奏されるのだが、もしかして沖縄由来での海プロなのか?(と、帰宅してから気づいた)
●で、自分にとっては、この直前に上岡指揮読響でツェムリンスキーの交響詩「人魚姫」を聴いているので、それも含めて「人魚姫」→「静かな海と楽しい航海」→「シェエラザード」とつながる海シリーズ勝手プチ祭を楽しむという趣向だったりする。救いのないダークサイド「シェエラザード」である「人魚姫」が、メンデルスゾーンでハッピー&ラッキーな船旅を経て、最後はシンドバッドの冒険で盛り上がるという展開。波打つ大海原をゴージャスなオーケストラのサウンドですいすいと進む。小菅優独奏によるラヴェルのピアノ協奏曲は力強いタッチで描かれたダイナミズムに富んだ演奏。おしゃれラヴェルとは一線を画す濃密な味わい。アンコールにラヴェル「水の戯れ」を弾いてくれて、ここで海プログラムにつなげてくれたのが吉。
●「シェエラザード」はエキゾチックなアラビアンナイトの物語性よりも純音楽的なドラマが前面に出ており、シンフォニック。終楽章は白熱。第3楽章「若い王子と王女」での弦楽器の柔らかい響きも印象的。ホルンは客演の方だったんでしょうか。

May 27, 2022

上岡敏之指揮読響のツェムリンスキー「人魚姫」他

●24日の夜はサントリーホールで上岡敏之指揮読響。ウェーベルンの「6つの小品」作品6(1928年版)、ベルクの歌劇「ヴォツェック」から3つの断章、ツェムリンスキーの交響詩「人魚姫」という20世紀ウィーン・プログラム。上岡は約6年半ぶりに読響に登場。当日の昼、新日フィルの次期音楽監督の記者会見があった後、夜にその前音楽監督が指揮する読響の演奏会を聴くという奇遇。
●「ヴォツェック」から3つの断章では、ソプラノの森谷真理、TOKYO FM少年合唱団が共演。この作品自体、本編であるオペラの上演の目処が立たないことから、先んじて演奏会用の組曲として編まれたということで、一種の「予告編」的な性格を感じさせる。本編のムードというか、エッセンスをギュッと凝縮。歌手が不在のまま演奏が始まって「あれ?」と思ったら、途中からステージ奥に登場、分厚い管弦楽を突き抜けてまろやかな声を響かせる。予想外にドラマ仕立てで、最後の場面では少年たちが登場するのだが、これが日本語台詞だったのであまりの生々しさにドキリ(「ホップ、ホップ」はそのまま)。背筋の凍る怖さ。
●ツェムリンスキーの交響詩「人魚姫」は濃密で雄弁。「人魚姫」というストーリーそのものが本来暗くて救いのない話なので、「ヴォツェック」とはつながっている。その暗鬱さが後期ロマン派仕様の豊麗な管弦楽で容赦なく描かれる。第1楽章の波打つようなリズム、船の航海を思わせる前進する楽想、そしてヒロインを表すヴァイオリンのソロ。これはダークサイドの「シェエラザード」なのだ。第2楽章はワーグナー「指環」を連想させる。軽くチャイコフスキーも入っているかも。第3楽章はリヒャルト・シュトラウス風か。でも総体としては紛れもなくオリジナリティを持ったツェムリンスキーの音楽。幕切れの後は、客席に完璧な静寂が訪れて、それから盛大な拍手。拍手が鳴りやまずソロカーテンコールあり。

May 26, 2022

NHK交響楽団 次期首席指揮者ファビオ・ルイージ記者会見

ファビオ・ルイージ NHK交響楽団記者会見
●24日、新日本フィルの記者会見が終わった後はアークヒルズクラブでNHK交響楽団の記者会見へ。次期首席指揮者であるファビオ・ルイージを交えて、今後の活動方針について発表された。ルイージは2001年に初めてN響を指揮して以来、すでに多数の公演で共演を重ねる間柄。首席指揮者としての契約は2022年9月からの3年間。「かねてよりN響はとても魅力的なオーケストラだと感じており、今回の首席指揮者就任はとても名誉なこと。自分自身のメンターでありロールモデルでもあったヴォルフガング・サヴァリッシュが培った伝統がこのオーケストラに息づいている。最初の共演からオーケストラにとって重要なレパートリーであるブルックナーの交響曲第7番を任せてもらうことができた。以来共演を重ねるごとに友情が芽生え、互いの理解が深まっている。首席指揮者としての最初のシーズンではブルックナー、ブラームス、リヒャルト・シュトラウスといったドイツ・オーストリアのレパートリー、そしてヴェルディのレクエイムをとりあげる。これらは私にとって中心的なレパートリーでもある」
●2022/23シーズンのN響定期はいくつかの点が刷新されている。まずAプロ、Bプロ、Cプロの特色がこれまでより明確化される(AプロとCプロはNHKホールに戻る)。Aプロは比較的大編成の曲が中心、サントリーホールのBプロは魅力あるソリストを招く、Cプロは休憩なしの60分~80分程度のコンパクトな公演で、開演前の室内楽あり、曲間に解説を交えるなど多くの人に聴いてもらえる工夫を凝らす。また、若い世代に足を運んでもらうために25歳以下を対象にした「N響ユースチケット」が設けられ、すべての券種で50%以上の割引が実現する。標準料金の公演でもっとも高額なA・Bプロの一般S席8900円が4000円になり、もっとも安価な席だとCプロ一般E席1600円が800円になる。800円はすごい。映画より安い。
●もうひとつ、楽しい話題を。23年12月に第2000回定期公演があるのだが、この節目の回の演目をファン投票で決めるという(!)。候補は3つ。フランツ・シュミットのオラトリオ「7つの封印の書」、マーラーの「千人の交響曲」、シューマンの「楽園とペリ」。この趣向についてはルイージも歓迎しており、パンデミックによる無観客公演などを経験して聴衆の大切さを痛感した今、聴衆に参加してもらうことはよいアイディアだと語っていた。投票方法は後日ホームページで紹介されるそうだが、結果は見えていると思う。一般的な人気で言えば「千人の交響曲」の圧勝だろうが、この曲はN響のみならず在京オーケストラがなんども記念公演等でとりあげており新味がないわけで、N響のお客さんは「空気を読んで」フランツ・シュミット「7つの封印の書」に投票するはず。だよねー。

May 25, 2022

佐渡裕「すみだ音楽大使」「新日本フィル・ミュージック・アドヴァイザー」就任記者発表会

●24日は午後イチで新日本フィルの記者会見、夕方からN響の記者会見、夜は読響の演奏会と「在京オーケストラ巡り」みたいな一日になった。ほんの少し前まで「記者会見はリモートでないと……」と思っていたのだが、世の中の雰囲気も変わって、会見はどちらもリアルのみ。今後、シンプルに元に戻るのか、それとも一歩進んで「ウチはメタバースでやります!」みたいなところが出てくるのか、どうなんでしょ。
佐渡裕「すみだ音楽大使」「新日本フィル・ミュージック・アドヴァイザー」就任記者発表会
●で、それぞれの内容は順次ご紹介することにして、本日は時系列で新日本フィルの記者会見から。会場はすみだトリフォニーホール。「すみだ音楽大使」「新日本フィル・ミュージック・アドヴァイザー」指揮者・佐渡裕就任記者発表会と題され、登壇は写真左より宮内義彦理事長、佐渡裕、山本亨墨田区長の各氏。佐渡さんは4月1日より「すみだ音楽大使」と新日本フィルの「ミュージック・アドヴァイザー」を務めており、2023年4月より音楽監督に就任する。また、これに伴い新日本フィルはシーズンの開始を9月から4月に変更、定期演奏会のラインナップも簡潔化し、「トリフォニーホール・シリーズ」「サントリーホール・シリーズ」「すみだクラシックへの扉」の3本立てに再編成された(以前の「トパーズ」とか「ジェイド」は、名前から中身が推測できなかったので、これは歓迎)。
●印象的だったのは「すみだ音楽大使」としての地元密着の姿勢。山本区長より、すみだトリフォニーホール開館25周年、新日本フィル創立50周年の節目を迎え、ポストコロナの墨田区で音楽が魅力ある街づくりを進める柱となる旨が述べられた。佐渡さんも自身が街に出かけることで、地域に根差していこうという意欲を打ち出す。「墨田区は大きな街だけど人情味があって親しみを感じる」「町内会単位でオーケストラを聴きに来てもらって、お店で『新日フィルすごいよね』と話題になることを目指したい」。「新日の監督になるって言ったらプロレスのほうとまちがえられた」のお約束ギャグも。
●佐渡さんにはなんといっても兵庫西宮のPACでゼロから作ったオーケストラを同一プログラムで3日間満席にできるまで育てた実績があるのが強み。まずはYouTubeで「すみだ佐渡さんぽ」第1弾を配信中(以下に貼り付け)。音楽監督としてのレパートリーの中心はハイドンからブルックナー、マーラーに至るまでの「ウィーン・ライン」が中心になるが、フランス音楽、武満徹などもとりあげたいと抱負が述べられた。



May 24, 2022

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のウォルトン「ベルシャザールの饗宴」他

レンブラント / ベルシャザールの饗宴
●21日はサントリーホールでジョナサン・ノット指揮東響。プログラムがすごい。シュトラウスの「ドン・ファン」、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番(ペーター・ヤブロンスキー)、ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」(バリトン:ジェームズ・アトキンソン、東響コーラス)。山に次ぐ山、山山山のハイテンションなサービス満点プロ。一曲目の豊麗な「ドン・ファン」からすでに最上級のスペクタクルなのだが、それに鮮烈なショスタコーヴィチが続き、その後で目玉のウォルトン。なんという凝縮度。
●で、「ベルシャザールの饗宴」だが、合唱団は市松配置ということもあってP席だけでは足りず、LA&RAブロックも使うワイド仕様。左右いっぱいに音像が広がるステレオ感をコンサートホールで体験できるとは。東響コーラスは暗譜。字幕なし。もうこれ以上はないというほど圧倒的な壮麗さ。サントリーホールの壁面に「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」と書く指が見えてきそうなレベル。この曲でなにが歌われているか、一応は知っているわけだけど、いったん忘れて音楽だけ聴いていると、終曲の高揚感はジェダイが銀河帝国を倒したっていうくらいのインパクトで、「スター・ウォーズ」でいえばエピソード6でイウォーク族とC-3POが手を取り合って踊っている場面に匹敵する祝祭感がある。
●プログラムノートの「ベルシャザールの饗宴」曲目解説がオヤマダアツシさんの執筆だった。もともとは2020年4月に中止になった公演のために書かれていたもの。そういえば、この曲の存在は昔、オヤマダさんの文章で知ったのだった。

May 23, 2022

ファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団のモーツァルト&ベートーヴェン

東京芸術劇場
●20日は東京芸術劇場でファビオ・ルイージ指揮N響。この池袋Cプロは「休憩のない約60分~80分程度の公演」で19時30分開演と遅いのだが、実際には18時45分から「開演前の室内楽」が15分程度あるため、これを聴こうと思うと普通より開演が早い。しかも本編プログラムが序曲+協奏曲+交響曲の3点セットだったので、実質的にはたっぷり。お得。開演前の室内楽はモーツァルトのクラリネット五重奏曲より第1楽章。伊藤圭のクラリネット、白井篤、田中晶子のヴァイオリン、谷口真弓のヴィオラ、西山健一のチェロ。小さなN響といった趣。トークあり。この時間帯は客席への出入り自由で、リラックスした雰囲気で聴けるのが吉。
●で、本編はモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲、ピアノ協奏曲第20番ニ短調(アレクサンドル・メルニコフ)、ベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調。メルニコフは冒頭、管弦楽のみの提示部から演奏に参加して、ソロが始まると自由奔放、独自のカデンツァなど表現意欲にあふれユニーク。これだけでも十分にびっくりだったが、アンコールに弾いたモーツァルトの幻想曲ニ短調はさらにエキセントリック。風変わりなアーティキュレーション、意外性のあるダイナミクス。うーん、モーツァルトを聴いているというよりはメルニコフを聴いているとしか……と思っていたら、コーダの途中で弾くのを止めてパッと立ち上がって、おしまい。この曲、おしまいの部分はモーツァルト本人が書いておらず、他人の補筆で演奏されるのが一般的だが、その補筆部分を演奏せずに止めたということなんだろう。勢いよく立ち上がったから即座に拍手が出たけど、事情のわからないお客さんは困惑したはずで、リサイタルならともかく協奏曲のアンコールでそれをやるとは。ニ短調でそろえる趣旨の選曲かもしれないが、ずいぶんトリッキー。
●ベートーヴェンの交響曲第8番は端正ながらも推進力にあふれた快演。ユーモアの要素も十分。ティンパニは見慣れない方が客演。オーケストラのサウンドがすこぶる美麗で、聴き惚れる。当初、芸劇とN響の組合せを奇妙に感じたけど、今やこのホールで聴くN響は本当に充実した響きを聴かせてくれる。といっても、芸劇は今シーズン限りなのだが。惜しい。

May 20, 2022

新国立劇場 グルック「オルフェオとエウリディーチェ」新制作

新国立劇場
●19日は新国立劇場でグルック「オルフェオとエウリディーチェ」新制作。勅使川原三郎の演出・振付・美術・衣裳・照明、劇場デビューとなる鈴木優人の指揮。ピットには東京フィル。登場人物の少ないオペラなので独唱は3人のみ。ローレンス・ザッゾのオルフェオ、ヴァルダ・ウィルソンのエウリディーチェ、三宅理恵のアモーレ。これにダンスが加わるのが今回の演出の特徴で、ダンサーは佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、高橋慈生、佐藤静佳。特に前半の第1幕と第2幕はダンスの役割が非常に大きい。ダンス、歌唱、オーケストラ、見る角度によっていずれもが主役となりうるけど、やっぱりダンスあってのプロダクションなんだと思う。舞台はきわめて簡素。ポスターにもあしらわれているユリの花がモチーフ。
●ONTOMOの「神話と音楽Who's Who」でも書いたけど、本来、神話上のオルフェオとエウリディーチェは悲劇で終わるのに対して、グルックのオペラではアモーレがちゃぶ台を返してハッピーエンドで決着する。当時のオペラとしてはやむをえないにしても、現代人の感性からするとこれではドラマが壊れてしまう。で、そこは台本上しっかり書き込まれているので動かせないところではあるんだけど、それでも最後は含みを持たせる終わり方になっていた(と解釈した)。
●描写性に富み、雄弁なオーケストラが聴きもの。鈴木優人が珍しく指揮棒を持って登場。モダン・オーケストラながらも語り口豊かで古楽テイスト十分。
●この物語、神話だから許されるのかもしれないんだけど、落ち着かない話ではあるんすよね。男はちゃんと事情を理解しているんだけど、女は状況が飲み込めずに感情的にふるまって計画を台無しにする。客席でそわそわするパターンだ。METのマシュー・オーコインの新作が「エウリディーチェ」と題されていて、神話を妻の側の視点から描くって聞いたとき、「だよなあ」と思ったもの。でも、そっちはせっかくMETライブビューイングで上映してくれたのにタイミングが合わずに見損ねてしまったのだった……。

May 19, 2022

ふりかえれば「うえぱん」

うえぱん
●先日、上野駅の公園口に見慣れないパンダを見かけた。インスタに挙げたところ、これは「うえぱん」という上野駅のゆるキャラなんだとか。「ゆるペディア」の記述によれば、かなりのレアキャラ。一緒に写真を撮ってもらうべきだったか……。
●都合がつかず聴き逃したのだが、5月15日のジョナサン・ノット指揮東響の公演を「ニコ響」で視聴。こうしてアーカイブを聴けるのはありがたい。ブラームスの交響曲第3番が驚きの演奏で、一般的な解釈とはずいぶん違う。ノットは自在にテンポを動かしながら、いかにもその場で音楽を生み出している様子で、コンサートとはリハーサルの再現ではなく一回性の体験なのだと教えてくれる。この曲にイメージするほとばしる情熱や推進力、流麗さは影を潜め、過去をしみじみと追想するような音楽に。ときにテンポを落とし、先に進むのを拒むかのような様子に、ついチェリビダッケを連想。アンコールにマーラー「花の章」というのもびっくり。
●最近の美術展関連では東京オペラシティアートギャラリーの「篠田桃紅展」と東京国立近代美術館「没後50年 鏑木清方展」(こちらはもう終わったけど)に足を運んだのだが、写真が撮れなかったのでブログ向きではない感じ。

May 18, 2022

映画「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督、庵野秀明脚本)

●これは余計な情報を目にする前に早く観たほうがいい案件では!? と、気がついて慌てて映画館で「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督、庵野秀明脚本)を観てきた。自分はリアルタイムでは「帰りマン」世代なのだが、今どきの子供たちがポケモン図鑑を隅から隅まで読むのと同じように怪獣図鑑を眺め、日々スペシウム光線のポーズをとってきた人間なので、もちろん、熱い気持ちで鑑賞した。さすが「シン・ウルトラマン」。ぐっと来る瞬間はなんども訪れる。基本的に「ゴジラ」が「シン・ゴジラ」に再構築されたのと同じ方法論でウルトラマンが再構築されている。
●荒唐無稽な特撮怪獣シリーズをどう現代に甦らせるか。リアリズムを持ち込めばたちまち陳腐化するわけで、現代の技術を駆使しつつも、あくまで怪獣映画に徹している。「シン・ゴジラ」同様、政治家や官僚の姿も描かれ、一応、現代社会とつながる視点はあるわけだけど、あまりメッセージ性が前面に出ていないのは吉。これはウルトラマン。カラータイマーがなかったり、「シュワッチ!」を叫ばなかったりするというのは些細なことで、むしろ原典尊重への強いこだわりを感じさせる作りになっている。というか、原典が足枷になっているような気もしたほど。最後はあれで正しいのかもしれないけど、正直なところ、困惑した。そこに至る物語の肝心なところが描かれていなかったのでは、と。あと、「昭和のオッサン臭さ」が漂う場面は引っかかった。
●冒頭、次々と怪獣が現れ、それを自衛隊が処置してきたことが示される。あ、これって「エヴァンゲリオン」の使徒襲来じゃないの。と一瞬思ったけど、順番が逆で、「エヴァ」がウルトラマンの血脈を受け継いでいるのだった。
●いちばんすばらしいなと思ったのは、ウルトラマンの造形の美しさ。見惚れる。フォルム自体も美しいし、所作も美しい。スペシウム光線を発する姿勢や、重力感ゼロの飛翔ポーズも、最高度に洗練されている。

May 17, 2022

奇妙な試合、湘南ベルマーレvsマリノス J1リーグ第13節

●サッカーにはときどき内容と結果がちぐはぐな奇妙な試合があるが、週末のJ1、湘南ベルマーレvsマリノス戦がまさにそれだった。結果だけ見れば湘南 1対4 マリノス。ハイライト映像を見てもマリノスが快勝したとしか思えないが、中身はまるで逆。湘南の戦術がぴたりとはまって、開始早々から次々とチャンスの山を築き、シュートを打ちまくった。マリノスは防戦一方、キーパー高丘は大忙し。湘南は出足が鋭い。攻撃的なマリノスに対してラインを下げるのではなく、前線から精力的なプレスをかけ、ボールを奪うと効率的にシュートにつなげる。マリノスはポゼッションで上回っていたものの、消極的なパスが目立ち、思うようにビルドアップができない。これはポゼッション重視のチームが負ける典型的な展開で、前半だけでも10本以上シュートを打たれたと思う。
●にもかかわらず、マリノスは前半に水沼宏太と小池龍太のゴールで2点リード。さらに後半はアンデルソン・ロペスが3点目を奪い、アディショナルタイムにはレオ・セアラがゴール。やりたいサッカーをさせてもらえなかったのに、個の力で得点を積み重ねてしまった。湘南は質の高いチャンスをたくさん作っていたのに、シュートが決まらなかっただけ。湘南の山口智監督の戦術は完全に機能していたと思う。
●マリノスは中盤の藤田譲瑠チマが今まさにギュンギュンと成長中。シーズン前に扇原が神戸に移籍したのは痛かったが、ヴェルディ→徳島を経てやってきた藤田はその穴を埋める以上の活躍ぶり。まだ20歳とは思えない冷静さで、視野が広く、足元の精度も高い。遠からず代表に呼ばれるのでは。

May 16, 2022

METライブビューイング ヴェルディ「ドン・カルロス」新制作

●13日は東劇のMETライブビューイングでヴェルディの「ドン・カルロス」新制作。デイヴィッド・マクヴィカー演出による荘厳かつ重厚な舞台を味わう。全5幕、フランス語版で休憩を2回はさんで5時間近い長丁場。これだけの長さだと映画館とはいえ、かなり気合を入れて臨むことになる。愛、嫉妬、友情、王の孤独、旧教と新教の対立、宗教権力者の無慈悲さ、強権的社会vs民衆のための社会など、いろんなテーマが詰め込まれていて、ほとんどオペラというもののキャパシティを超えているんじゃないかという欲張り大作。幕間インタビューでも少し触れられていたが、時節柄、今だから切実さを感じられるテーマとも言えるし、逆にどんな時代にでもふさわしい普遍的なテーマとも言える。幕間にはウクライナ慈善コンサート映像の様子も。
●歌手陣はさすがのMETという強力布陣で、マシュー・ポレンザーニ(ドン・カルロス)、ソニア・ヨンチェヴァ(エリザベート)、ジェイミー・バートン(エボリ公女)、エリック・オーウェンズ(フィリップ2世)、エティエンヌ・デュピュイ(ロドリーグ)、ジョン・レリエ(大審問官)他。このオペラで人物像として唯一共感可能なのはフィリップ2世。残忍でもあり孤独でもある苦悩する権力者。エボリ公女はアイパッチを付けて登場。これは史実の裏付けがあるそうで、ここぞというところで外して傷痕をあらわにする演出がドラマティック。水戸黄門の印籠のよう。そしてエボリ公女って女ヴォータンだとも思った。権力と恋を好む。
●テーマのシリアスさに対して、リアリズムを欠くのがこのオペラでもある。第1幕は描かなくてもいい前史を描いている感は否めない。カルロスとエリザベートは出会いの場面で熱烈に高まり、すぐに結婚相手はカルロスの父親のほうだとわかって失望する。まあ、残念だとは思うけど、ついさっき初対面だった人なんだからさ。少なくとも男のほうは「ドンマイ、ドンマイ。さ、切り替えて行こうぜー」くらいで立ち直ってほしい気もする。いや、立ち直ったらそこでオペラは終わるんだけど。あと、最後の場面。あれはカルロスが夢想した幻と解して観るしかないのかなー。
●指揮はネゼ=セガンの代役としてパトリック・フラー。キレのある壮麗なサウンドをオーケストラから引き出していたのが吉。
●そうだ、東劇の椅子が新しくなっていたんすよ! 快適度アップ、これで長丁場も安心!?

May 13, 2022

映画「マクベス」(2021) ジョエル・コーエン監督

●Apple TV+でジョエル・コーエン監督の映画「マクベス」を観た。これはいい。ごく短期間映画館でも公開されたようだが、現在はApple TV+でのオリジナル・コンテンツとして配信されている。マクベス役はデンゼル・ワシントン、マクベス夫人役はフランシス・マクドーマンド。全編モノクロ映像で格調高く、セリフはシェイクスピアの戯曲をそのまま用いているようだ。セットは非常に簡素で、映画にしては寂しめだが、舞台を映画化したものだと思えば納得。大胆な読み替え演出などではなく、おおむね原作に忠実という意味で、今後「マクベス」映画のスタンダードとして鑑賞されることになるのかもしれない。少なくともロマン・ポランスキー監督の映画「マクベス」(1971)よりはずっとスタンダード(逆にいえば刺激的なのはポランスキー)。オペラ等で「マクベス」を知った音楽ファンが、原作に近づくための手引きとしても有用。
●監督はコーエン兄弟の兄ジョエル・コーエンが単独で務めている(以下、演出上のネタバレあり)。どんなに原作を尊重しても、映像化する以上は演出家(というか監督)なりの解釈は必要になる。いちばん目に付いたのは主要登場人物以外ではロスに大きく焦点が当てられている点。ロスの人物像は狡猾な日和見主義者。マクベスに忠実なふりをして、時宜を得てマクダフ側に寝返る。「マクベス」には「第3の暗殺者」問題がある。バンクォー父子を暗殺する場面で、脚本上は暗殺者が3人出てくる。でも、前の場面で暗殺者は2人しかいなかったはず。この3人目はだれ? 見ようによっては「うっかりミス」とも取れるし、単に人手をひとり増やしただけの無名の登場人物とも解せるが、このコーエン映画では第3の暗殺者を貴族のロスに設定している。で、この場面でバンクォーは殺されるが、魔女に将来の戴冠を予言されているフリーアンスは逃げる。そして、コーエンはここで、ロスに逃げたフリーアンスを発見させるのだ。フリーアンスを見つけてロスはどうするのか、そこは見せないまま次の場面に移る(映画ならではの演出)。そして、最後の場面、マクベスの首と王冠を拾うのはロスの役目である。ロスはそれぞれの手に首と王冠を持って、新王マルカムに力強く忠誠を誓う(なんて野郎だ)。その後、エピローグ的な場面で、ロスは匿っていたフリーアンスを引き取る。フリーアンスを馬に乗せて走り出すと、そこに魔女を暗示するカラスの大群が飛び交う。近い将来、フリーアンスがマルカムから王位を奪うとき、ロスはしたたかに立ち回るのだろうと予感させる。
●と、いうのがコーエンの「マクベス」。ただ、これはポランスキー版「マクベス」と共通する部分も少なくないかも。ポランスキーを観たのはもう大昔なので記憶が不確かだが、ポランスキーも第3の暗殺者をロスに設定してるのでは。ただし最後のシーンではドナルベインが魔女を訪れるんだっけ? チャンスがあればポランスキーをもう一度見て確かめたい気もするけど、わりとバイオレンス成分多めだったような気がするので、躊躇する。

May 12, 2022

オレンジ色のあれ ── ナガミヒナゲシ

ナガミヒナゲシ
●この時期になると一斉にあちこちに咲くのがオレンジ色のこの花。以前はこんな花、なかったと思うが、今や春にもっともよく目にする花になった。名前はナガミヒナゲシ。ケシ科。調べてみると比較的新しい外来植物で、急速に広がりつつあるという。繁殖力が強く、道端のあちこちに生え、アスファルトの間からも顔を出す。周辺の植物の生育を阻害する成分を出す(アレロパシー)ため、どうやら嫌われ者の雑草という扱いになっているようだ。自治体によっては駆除を推奨しているところも。
●実感としては年々、少しずつ個体数を増やしているようで、道路沿いにある放置気味の空き地などは春にナガミヒナゲシ畑のようになっている。きれいといえばきれい、禍々しいと思えば禍々しいかも。で、道端では旺盛に繁殖する割に、広々とした公園の中ではまるで見かけないのだが、クルマのタイヤに種子が付着して運ばれ、道路沿いに分布を広げているという説を読んで、なるほどと思った(参照:農業環境技術研究所 研究トピックス「春に気をつける外来植物:ながみひなげし」)。ヒトが作った無生物であるクルマが、生態系のなかで機能している。あるいはヒトがクルマを繁殖させ、クルマがナガミヒナゲシを繁殖させたというべきか。
●春の新季語にどうか。ナガミヒナゲシ、7文字でちょうどいい。

May 11, 2022

「南の音詩人たち アルベニス、セヴラック、モンポウの音楽」(濱田滋郎著/アルテスパブリッシング)

●今年3月、86歳で逝去した濱田滋郎さんが最後に取り組んでいた作曲家論「南の音詩人たち アルベニス、セヴラック、モンポウの音楽」(アルテスパブリッシング)から、アルベニスについての記述を読んでいる。ショーソンとのエピソードがいい。アルベニスはショーソンの「詩曲」を作曲者に代わってブライトコプフに持ち込んだが出版を断られると、ショーソンを失望させないために内緒で出版費用を負担し、しかも疑われないように出版社からだと偽って印税まで渡していたという。なんという友情、なのか。
●アルベニスの「イベリア」についての作品解説もためになる。いくつか自分メモ。第1巻第1曲の「エボカシオン」はほかの曲と違って、土地や舞曲の名前ではなく、スペイン語の「喚起」みたいな一般名詞が題名になっている。ニュアンスとしては「招魂」といった意味で、これからスペインの魂を召喚しますよ、といった幕開けの音楽ということになる。自筆譜には「前奏曲」と題されていたそうなので、それを知れば意味合いは明らか。
●「イベリア」第2巻の第2曲は「アルメリーア」。アルメリアの名はスペイン・サッカーでも小クラブとしてたまに目にすることがあるが、これがアンダルシア地方にあることは知っていても、本書にあるように「しゅろ椰子が高くそびえて、ヨーロッパというよりも、むしろアフリカを想わせる」土地だということまでは知らない。そう聞くと、物憂げな曲調にまた違ったイメージがわいてくるというもの。続く第3曲「トゥリアーナ」がセビージャのジプシー居住地の名前だというのはどこにでも書いてあるが、巻をまたいで次の曲、第3巻の第1曲「エル・アルバイシン」はグラナダのジプシー居住地なのだとか。ギターを思わせる楽想がふんだんに出てくる。「夜ごと催されるジプシーたちの宴の様子」というから、美しき古都グラナダというよりは、もっと猥雑なイメージがふさわしいようだ。
●第4巻の第2曲「ヘレス」は西アンダルシアの街。「全般的にフラットの多い調号が目立つ『イベリア』の中で、この曲のみは調号なしで書かれ、しかも第17小節において初めてソの音にシャープがつくまで、まったく白鍵のみを使っている」。濱田さんは、これについて「アルベニスらしい諧謔を込めた"白壁の町"へのオマージュなのかもしれない」と指摘する。すこぶるおもしろい話。

May 10, 2022

「捜索者」 (タナ・フレンチ著/ハヤカワ・ミステリ文庫)

●これは良作。「捜索者」(タナ・フレンチ著/北野寿美枝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。最近はあまりしんどい話は読みたくないと思いミステリから遠ざかっているのだが、この「捜索者」はあらすじを読んでピンと来た。シカゴの元警官がアイルランドの小村に移住し人生を再出発させる。隣の家まで400メートルあるほどの田舎。古い家屋を修繕し、隣人とつきあい、地元のパブに顔を出して、地域コミュニティの一員になろうとする。話の筋立てとしては、主人公が人探しを依頼され、調査を通じて真相に迫るという形になっているのだが、そこで起きた事件以上に、田舎暮らしのほうがよほどドキドキする。なんというか、暮らしそのものが怖い。アイルランドでなくてもどこでも真の田舎というのはそうだと思うが、公共のサービスなどはまるで頼りにならず、人と人のつながりがすべて。集落の全員が知り合いで、人の行動がみんなに筒抜けになってしまうような社会で、地縁ポイントがゼロのヨソ者はどうふるまえばいいのか。そんな状況が前提になっているから、人探しの話がおもしろくなる。
●風景描写と心理描写が巧み。特に雨と寒さの描写が多め。日本の里山とはまた違った、こんな感じの描写がたまらなくよい。

 山中はふもとの草地よりも寒い。家で感じていたのとは質も異なり、鋭く厳しい寒さが尖った風に乗って襲いかかってくる。何十年も、天候の不快さをもっとざっくりとしか──じめじめしているとか、凍てつくような寒さとか、うだるような暑さとか、まずまずの好天とか──分類していなかったので、カルはこの地の微妙な天候のちがいを楽しんでいた。いまなら、雨でも五、六とおりの表現ができると思う。
 山自体はとりたてて言うことはない。標高三百メートルほどの低い山並みが続いているだけだ。ただ、地形の対比が、低いわりに大山のような印象をもたらしている。山裾までは穏やかでなだらかな緑の草地なのに、いきなり荒涼とした茶色の山が地平線を占領するようにそそり立っているからだ。
 傾斜が太ももにこたえる。両側に突き出している岩肌やヘザー、雑草、野草のあいだを曲がりくねって登っていく道は細く狭い。上方の山腹に、トウヒの群生している箇所がいくつか見える。
May 9, 2022

フクアリでジェフ千葉vs岡山 J2リーグ第15節

フクアリ
●8日はフクアリことフクダ電子アリーナでジェフユナイテッド千葉対ファジアーノ岡山。久しぶりに足を運んだが、フクアリは首都圏では最高のスタジアムだと改めて実感。サッカー専用で実質1万8千人収容のほどよいサイズ、傾斜もしっかりついており2階の後列でも大満足の見やすさ、楕円状の屋根が全周にわたって付いている。飲食店も豊富で、クォリティも高そう。ファン目線で作られたスタジアムだと感じる。しかもJR蘇我駅から徒歩8分というアクセスのよさ。どうして東京にはこういうスタジアムが存在しないのか……(と、毎回言ってる)。ちなみにフクアリにはこけら落としのマリノス戦にも行ってるのが小さな自慢だ(ホントに小さいな)。
フクアリ 試合開始前セレモニー
●試合開始前に先頃世を去ったオシム元監督を悼むセレモニーがあった。当時の選手たちがフラッグを持って入場、スタジアム全体で黙祷。また、スタジアム内に献花台も設定されていた模様。近年のオシムの映像が場内スクリーンに映され「ジェフは本来ならJ1にいるべきチーム」と語っていた。残念ながらジェフはJ2暮らしが長く、現時点の順位ではむしろJ1よりもJ3のほうが近い。監督はユン・ジョンファン。個々の選手の力量からも監督の実績からも、どう考えてもJ2下位に低迷するクラブとは思えないのだが……。一方、ファジアーノ岡山はJ1が狙える上位に立つ。W杯予選のニッポン戦にも出場していたオーストラリア代表のミッチェル・デュークがトップに張るなど、こちらも個の力は高い。率いるのは木山隆之監督。下位のジェフが上位の岡山に挑むというのが現状の力関係だ。
●で、試合は序盤は岡山ペース。岡山はトップの高さを生かした戦い方をするのかと思えば、そうでもなく、むしろボールをしっかりと運べる鍛えられたチームという印象。ただ、ジェフも似たところがあって、やはり高さもありつつ、ボールをつないでくる。一対一の勝負が多く、引きしまった試合。時間が進むにつれてジェフがボールを持つ時間帯が長くなり、終盤は一方的に押し込む展開に。ジェフは中盤の底に元マリノスの熊谷アンドリューがいて、チームの中心として落ち着いたボールさばきを見せていた。視野が広く、余裕を感じる。見ごたえはあるものの、両チームとも決定機の創出に課題があり、0対0で試合を終えそう……と思った94分、ジェフはペナルティーエリア深くに進入した高木俊幸の右からの折り返しに、髙橋壱晟が右足で合わせて劇的ゴール。ジェフが1対0で勝利。
フクアリ神社
●コンコース内にあったフクアリ神社。現在鳥居が破損中ということで、ひっそりと設置されていたが、お参りするサポの姿も。観客は5572人。メインスタンドもバックスタンドも中央エリアはガラガラで少々寂しい。人がいるのはゴール裏とコーナー付近で、よくある光景ではあるけど、バックスタンド中央エリアの価格設定をもう少しどうにかできないのかとは思う。
●この日はイベント広場で岡山物産展も開催されていた。ワタシはあらかじめ場所を確認し、きびだんごを買う気満々でスタジアムに入るなり直行したのだが、売り場にできた長い行列を見てがっくりと膝をついた。なぜこんなに大勢が。気分は桃太郎に会いに行くキジ並にきびだんごで盛り上がっていたのに、すごすごと退散する。きびだんごが欲しければ、もっと早く馳せ参じよ。そう桃太郎に諭された気分である。

May 6, 2022

「こども音楽フェスティバル」~名作アニメ×スクリーン!

こども音楽フェスティバル 2022
●5日はサントリーホールで「こども音楽フェスティバル」。この音楽祭はソニー音楽財団とサントリー芸術財団がタッグを組んで開催する子供たちのためのフェスティバルで、5月4日から7日までの4日間にわたって開催中。会場はサントリーホールの大ホールとブルーローズを中心に、アーク・カラヤン広場や周辺施設も活用される。公演ごとに子供の対象年齢がきめ細かく設定されており、0歳からのコンサートもあれば、小学生以上や中高生以上を対象としたコンサートもある。さらには妊婦さん対象の公演も。こういった公演はこれまでにもソニー音楽財団がさまざまな形で開いてきており、ノウハウの蓄積があるのだろう。コロナ禍による延期を経て、今回が初めての開催となった。一部公演を除いて、無料ライブ配信もあり。
●5日の「名作アニメ×スクリーン! ~ファンタジア&トムとジェリーほか~」では舞台上にスクリーンが設置され、ディズニー映画の名場面に合わせて竹本泰蔵指揮東京フィルが演奏。ナビゲーターは松本志のぶ。使用されている映像はまさに古典といえる名作ばかり。トムとジェリーの「星空の音楽会」での「こうもり」序曲、「ファンタジア」での「くるみ割り人形」「田園」「魔法使いの弟子」、「メイク・マイン・ミュージック」の「ピーターとおおかみ」といったラインナップ。1940年から50年にかけて製作された古い映像だが、アイディアが古びていないことに改めて感嘆。現代の子供たちにもそのまま通用する。しかも映像表現が音楽の内容に緻密に同期している。それだけに映像に生演奏を合わせるのは大変だと思うのだが、難なくシンクロするのはさすが。
●以前はこの時期に「ラ・フォル・ジュルネ」があって、多くのファミリー層が詰めかけていたわけだけど、「ラ・フォル・ジュルネ」とはまた違ったテイストの音楽祭だと感じる。やはり場所がサントリーホールであるというのがいちばんの違いで、子供たちにほんのりと「おめかし感」があるというか。音楽祭は継続することで育ってゆくものなので、今後も続くことを願う。

May 2, 2022

「鑑識レコード倶楽部」(マグナス・ミルズ著/柴田元幸訳/アルテスパブリッシング)

●イギリスの作家マグナス・ミルズの小説「鑑識レコード倶楽部」(アルテスパブリッシング)を読む。なぜこれがアルテスパブリッシングから刊行されているのかはすぐにわかった。主人公たちはパブの小部屋で「鑑識レコード倶楽部」なるレコードの鑑賞会を始める。ルールは簡単。メンバーは各々3枚のアナログ・レコードを持ち寄る(シングルのみ)。そして1枚ずつ順番に聴く。ただし、そこには厳格なルールがあって、メンバーは決して意見や感想を述べてはならず、ただ黙って聴かなければならない。その行為を「鑑識的に聴く」と表現しているのだ。小説中には次々とロックやポップの楽曲名が登場する(が、どんな曲か知らなくても問題ないと思う)。
●せっかく音楽を聴いても、それについてなにひとつ語れないなんて! と、たいていのクラシック音楽ファンは思うんじゃないだろうか。ワタシらは音楽について語るのが大好きな人種だから。鑑識レコード倶楽部はひとまず成功を収めるが、あまりにルールが厳しいことから、やがてライバルが登場する。レコードを聴くだけではなく語ることに重きを置いた「告白レコード倶楽部」が作られ、爆発的な人気を呼ぶ……。
●つまり、これは音楽の聴き方についての小説なんである。音楽をどう聴くか。これについてワタシら音楽ファンはずっと見えない宗教戦争のなかで生きている。ある者は楽曲の構造を語る。ある者は歴史を語る。ある者はミュージシャンの物語を語る。ある者は自分の物語を語る。ある者は理解不能な特殊言語を操る。なあ、でもそんな語り、本当に要るのか? ただ黙って聴けよ、一言も発するな。そんな純度の高い鑑識レコード倶楽部の聴き方に一面の真理があることも否定できない。
●もし自分が同様のクラブのクラシック音楽版に参加するとしたら、なにを持ち寄るか想像してみる(クラシックでシングル盤は無理なので、たとえばCDでも配信でもいいから1曲12分以下で3曲選ぶとしてみよう)。すると、なにをどう選んでも、そのセレクション自体がものすごく雄弁になにかを語ってしまうことに気づく。言葉によってなぜそれを選んだかを釈明するチャンスがない分、難度は高い。昔ながらの名曲名盤を選べば退屈なヤツだと思われるし、尖がったセレクトに偏れば嫌味なヤツだと思われるし、小難しそうな曲を並べればバカだと思われる。無難な選択というものはない。他人に向けて3つ選んだ時点で、もう必要なことを語り切っているんじゃないか。そんなふうにも思ってしまう。

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