2011年3月アーカイブ

March 31, 2011

20日後……

●今日で20日後だと思う。ブラウザに地震情報を固定のタブで開きっぱなしにしている。いまだに毎日どこかで最大震度4以上の余震は続いている。東京ではここ数日は大きな揺れはなくなってきていると思うが、それでもときどき揺れを感じる。揺れてるのか軽い眩暈を起こしてるだけなのか強風なのかよくわからないみたいなことも相変わらずある。お風呂の水は原則24時間体制で入れたまま。
●ようやくお店で納豆を見かけた。トイレットペーパーも牛乳も品薄気味だが手に入る。乾電池はないところにはないが、コンビニには単一もある。パンも手に入るようになってきた。一時カップ麺がすごい勢いで売れていたが、これも落ち着いたようだ。カップ麺はお湯が必要だから非常食には向いてない気もするが、にもかかわらず売れまくったのは、生活気力の減退の反映だったんだろうか? ヨーグルトはまったく見かけない。紙パックのジュース類もあまりない。
●原発事故の収束には当初の予想よりもかなり時間がかかりそう。この問題は原子力とも電力供給とも直接関係しないところで、いろいろな事柄を容赦なく明らかにしていると感じる。社会全体を覆うような不安という感情に対面して、個人はどうふるまうのか、など。とりあえず、ゾンビ・ネタが激しく書きづらい雰囲気。

March 30, 2011

ニッポン代表vsJリーグ選抜@東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ

ニッポン!●代表戦が中止になり、会場を大阪・長居スタジアムに移して、ニッポン代表vsJリーグ選抜。国外の代表チームは来てくれなかったので、こんな形の開催となったわけだが、結果的に一人の男が伝説を生んだのだから、これでよかったんだろう。ザッケローニはちゃんと来日してくれた。
●代表とJリーグ選抜の顔ぶれを見てると、どっちが代表なのかわからない、とまでは言わないが、J選抜のほうが「代表感」があったりする、中澤もトゥーリオも大久保も中村憲剛もいるし。中村俊輔も佐藤寿人も小野伸二も小笠原満男も駒野友一も楢崎正剛も川口能活もいる。それでいてハーフナー・マイクがいたりする。梁勇基も関口訓充もいる。
●でも結局キング・カズなんだな。後半17分に途中出場。後方からのロングパスにトゥーリオが頭で落として、ラインを抜け出たカズがキーパー東口との一対一に。間を詰められシュートコースはほとんどなかったと思うが、右足でゴール右隅をしっかり狙って軽くボレーしてゴールを決めた。約束通りカズダンスを踊ってくれた。カズ・コール。懐かしい。完璧すぎる。44歳すよ。新たなキング・カズ伝説が誕生した。
●そんなわけで代表のほうはすっかりかすんでしまったが(2-1で勝ったんだけど)、ザッケローニは3-4-3の3バックをテストしていた。今回は問題なく各欧州クラブの協力も得られて、ベストメンバーをそろえることができ、なおかつ結果は問われようがないという稀有な状況だったので、今しかできない試みをしたということなんだろう。3-4-3の中盤の4に左に長友、右に内田という攻撃力のあるサイドバックの選手を置くという形なんだけど、どうなんすかね、攻めてるときはいいけど押し込まれたときにキツいかもしれない。ゴールは遠藤の芸術的なフリーキックと、岡崎。
●でもまあ、カズのゴールに尽きる。これがなかったらかなり微妙な試合になっていたはずなんだが、キングのシュート一本がすべてを救ってくれた。筋書きを用意したってこうはいかないだろう。
●ハーフナー・マイクはなにもできなかった。でも見てるよ、ワタシは。応援してる。

March 29, 2011

トラクター工場で労働に励むハチャトゥリアン

ロング・グッドバイ ●レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」(村上春樹訳/ハヤカワ文庫)で、主人公フィリップ・マーロウがハチャトゥリアンを聴く場面がある。

 しかし眠れなかった。午前三時半に部屋を行きつ戻りつしながら、ハチャトゥリアンがトラクター工場で労働に励む様子に耳を済ませた。彼はそれをヴァイオリン協奏曲と称していたが、私としては「緩んだファンベルトと、それがもたらす苦悶」とでも呼びたいところだ。

●うーむ、「トラクター工場で労働に励む様子」ってのはなかなか出てこない表現っすよね(笑)。しかしこれはどう解釈すればいいんだろう。文字面だけを見ると、ハチャトゥリアンの曲が尖鋭で潤いに欠けた殺伐とした音楽であるかのように読めてしまう気もするが、実際にはむしろ逆でかなり保守的な音楽だ。ただ、「ロング・グッドバイ」は1953年の刊行。ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲は1940年の作品なので、当時としては「現代の音楽」の範疇に入るとは思う。ちゃんと半世紀以上経っても作品が残っている現代曲を選んだという意味では偉い(チャンドラーが)。
アイ・アム・レジェンド●前にもゾンビ連載で少し触れたけど、その点では「アイ・アム・レジェンド」(旧題「地球最後の男」のほうが有名か)のリチャード・マシスンもすごい。1954年の小説で主人公にレナード・バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」を聴かせている。「不安の時代」は1949年の作品なんだから、完全に同時代の音楽だ。この時代に録音はあったんだろうか……あったんだな、作曲者自作自演盤が。その後、この曲は作曲者以外の指揮者によってなんども録音されているし、「作曲家バーンスタイン」の存在感は人気指揮者として活躍していた存命中よりむしろ死後のほうが高まっているようにも見えるので、リチャード・マシスンは慧眼だったといわざるを得ない。
●今ベストセラー作家が同じように近年の音楽作品を小説中に登場させようと思ったら、どの曲を選ぶだろうか?

March 28, 2011

週末ノー・フットボール

●日曜日は味スタで横河武蔵野FC対FC東京のチャリティ練習試合を見に……行くつもりだったが、都合で行けず。45分×2本やったようで、試合結果はまあ実力通りといったところか、ずいぶんやられてしまったっぽい(←横河武蔵野視点)。来場者数は9,236人。2部リーグと3部リーグの練習試合としては異例の多さだろう。今サッカーを見たい気分はすごくわかる。逆に大地震以降、テレビで海外サッカーを見ようという気持ちがさっぱりわかない。WOWOWはなんのために加入してるんだかわからなくなってきた。
●4月2日(土)「東京・春・音楽祭」のマーラー「大地の歌」は中止になってしまったが、代わりに尾高忠明指揮読売日響でチャリティ・コンサートが開かれることになった。演目はバーバーの「弦楽のためのアダージョ」とマーラーの交響曲第5番に変更。ネルソンス指揮「ローエングリン」も中止になったが(実に残念)、こちらも9日(土)、10日(日)にチャリティ・コンサートがあるということなので、近々内容が発表されるはず。

March 25, 2011

水を飲む

●どうしようかなと思ったんだけど、少し騒動が落ち着いてきたようなので、後日なにかの参考になるかもしれないからウダウダと書くことにする、水の話。
●まず事実関係から。3月23日、葛飾区の金町浄水場で22日に採取した水から210ベクレル毎リットル(以下Bq/L)の放射性ヨウ素を検出したというニュースが流れた。国の基準値は300Bq/Lなのでこれを下回ってはいるが、乳児(0歳児)に関しては100Bq/Lとより低い基準があるので、これに引っかかる。だから同浄水場を利用する東京23区等では乳児に水道水を飲ませないようにという通知が出た。大人は問題ないけど、0歳児にはダメだよ、と。
●仕事で外出している間にそのニュースを知り、帰宅途中にスーパーに寄ってみると早くもペットボトルの水が売り切れている。情報の伝達速度は速い。そして家の近所の自動販売機では、年配女性一人が次々と硬貨を投入して水のペットボトルを連続購入中。ああ、その手があったのか……。漂う「出し抜いてやった」感は気のせい? いやまあ、孫が0歳児なのかもしれないか。というか、「0歳児に与えるな」といわれたら、1歳児の親だって3歳児の親だって子供に飲ませてはいけないと思うのが人情だろう。そして大人も飲みたくないと思うかもしれない。だって、たまたま測定したときの水の数値が210Bq/Lであったのなら、違う場所や違う時間で300Bq/Lを超えるヨウ素131が出てもおかしくないと想像が働くではないか。
●ふーむ、これはどうすべきかと少し悩んだ。ヨウ素131の半減期は8日間だから、仮に基準値を少し超えるくらいであれば、日数さえ経てば問題はない。しかし水道水はいかに塩素が入っているとはいえ、そう何日も汲み置きできるものだろうか。8日だとお腹壊さないかな。たとえば、セコいけど8日間じゃなくて、半減期の半分で4日間だったらどうなるだろう。その場合は1/2の1/2乗だから電卓叩くと0.71か。ということは400Bq/Lくらいまでだったら、4日間経てば基準値の300Bq/Lを下回るということであってるかな? 現状の210Bq/Lという数字は問題ないとして、この数値はどれくらいの幅で日々変動しうるものだろう……と迷いつつ、あれこれ眺めていたら、Twitterでこの日本の300Bq/Lという基準値は国際基準よりもずっと高いみたいな話が書かれていた。
●えっ、そうなの? この種の日本の基準は国際基準より厳しいのが通例だと思い込んでいたが。なんだかそれに関係していろんな話が流れてくる。で、ふとある記述について、数字の引き方に違和感を感じた。怪しい。これは一応、出典をあたっておくべきではないか。自分自身の安全にかかわることについて、不確かな孫引きなどに翻弄されたくない。で、あちこちネットを眺めていたら、やはり不案内な分野なので、それなりに労力を要し、時間を費やし、疲労してしまった。やれやれ。以下不備もあるだろうが、自分のために記しておく。
●経過を省いて結論としてたどり着いたところはこんな感じだ。まずIAEAの文書 IAEA Safety Standards を見ると、43ページ前後に放射性核種別の基準値が一覧になっている。そう、これは核種によって個別に規定されている値であって、一律に「水の基準値は**Bq/L」みたいな書き方にはならないんである(ベクレルは放射能の量を表す単位だから。生体への被曝の大きさを表すシーベルトとは違う種類の単位だ)。一覧からヨウ素131を探す。えーと、I-131は3×103Bq/Lと書いてある。つまり3,000Bq/Lだ。これは日本の基準の300Bq/Lより10倍高い。なんだ、じゃあ300Bq/Lだの210Bq/Lだのというのは3,000Bq/Lに比べれば意味のない違いじゃないか。これを裏付けるようにWHOのサイトにある Japan earthquake and tsunami Situation Report No. 13 には、13pの上部に It should also be noted that the Japanese guideline value is an order lower than the internationally agreed Operational Intervention Levels (OIL's) for I-131 (3,000 Bq/kg) と書かれていて、ヨウ素131に関して日本のガイドラインは国際的な基準より一桁下に定められているようである。であれば、210Bq/Lという数値にあわてることはないようだ。ただし、IAEAの文書にしてもWHOのにしても、基準値に相当する言葉に OIL という表現を用いている。知らない言葉なのだが、Operational Intervention Levelの略だという。これはこの数値に達したら放っておけないよ、という水準だろう。その水準の切迫度を正しく評価する知識は自分にはないと考え(ワタシは専門家ではないのだから)、安全側に見積もって、ひとまず国の300Bq/Lを自分自身のためのマイ基準として採用しておこう。
●で、これはこれとして、WHOのサイトを見ると、飲用に適した水についての文書が置いてある。Guidelines for drinking-water quality というものだが、こちらは幸いに日本語訳もある。「9.3 飲料水中の放射性核種のガイダンスレベル」の中の「表 9-3 飲料水中の放射性核種のガイダンスレベル」に、やはり放射性核種別の基準値が掲載されている(印刷ページ数でp203、PDFのページ数でp230)。ここでヨウ素131を探してみると、おや、10Bq/Lと書いてあるではないか。これはどういうことだろうか。さっき見たIAEAの文書には3,000Bq/Lとあり、日本の基準値は300Bq/Lとあり、WHOには10Bq/Lとある。よく見ると、この文書にはガイダンスレベルの算出式として GL=1DC/(hing・q)となっていて、qは「飲料水の年摂取量、730L/年と仮定」と定義されている。つまりこれは継続的に飲み続けるという前提の数値なのだ。一年間に730L摂取した場合の、いわば平時の基準。そして「これらは、環境中に放射性核種が放出されているような、緊急時で汚染を受けている水供給に適用されるものではない」「事故直後の1年間は、BSS(IAEA, 1996)並びにその他のWHOおよびIAEAの関連刊行物(WHO, 1988;IAEA, 1997, 1999)に記載されているように、食材に関しての一般的アクションレベルが適用される」と記されている。300Bq/Lとか3,000Bq/Lというのは緊急時の基準値と考えればよいのだろう。それと、もう一つ注意すべきは、このガイダンスレベルは「対数の値の平均を丸めたものである(算定値が3×10n以下および3×10n-1以上であれば10nに)」。つまり10Bq/Lと書かれているのは、3Bq/Lから30Bq/Lという範囲を指している。その一つ上の100Bq/Lは30Bq/Lから300Bq/Lの範囲だ。したがって載っている数値は1か10か100か1000か……といったようにオーダーで表現されるわけだ。こういった数字をつかまえて、たとえば「5Bq/Lと20Bq/Lは4倍違う!」みたいなことを言っても意味がない。ここでは5Bq/Lでも20Bq/Lでも同じ10Bq/Lに丸められる。10の何乗の水準なのかを気にすべき数値と解した。
●では、私たちが実際に口にする水に、ヨウ素131はどれくらい含まれているのか。私たちは直接浄水場の水を飲むわけではない。そこで「全国の水道の放射能濃度」を参照してみよう。これは蛇口から採取した水について文部科学省が発表している数値をグラフ化したものだ。見ての通り札幌とか名古屋とか、今回の原発事故とは無関係な地域の数値を見ると、ヨウ素131は一貫して0.1Bq/L未満と記録されている。新宿区は3/19に2.9Bq/L、3/23には26Bq/Lという数字が出ている。金町浄水場の210Bq/Lと比べてもさらに低いので、現時点で気にする必要はまったくなさそうだ。以上を考えると、今飲む分には210Bq/Lだろうが26Bq/Lだろうが、日本の基準でありマイ基準と定めた300Bq/Lと比べれば低いのでワタシは気にしない。だが、今後もしこの数値が一年経ってもこのままなら、WHO基準の10Bq/Lに引っかかることになる。あるいは今後さらに上昇してマイ基準を突破することもあるかもしれない。
●金町浄水場の数値と新宿区の数値がずいぶん違うが、水道局によれば家庭に届く水道水は途中の給水所で複数の浄水場からの水が混じる場合もあるという。たとえば武蔵野市の水道水は同市サイトによれば、約8割が市内の深井戸水で、残り2割も大半は朝霞浄水場系の水で金町浄水場系の水は全体の約2%にすぎない(直感的にも武蔵野市の水をなにもはるばる金町から採ってきてるとは思えないが)。そして朝霞浄水場と小作浄水場の検査では問題はなかった。実際に3月22日に武蔵野市が採取した水について、ヨウ素131は不検出と発表された。また、一日経って、金町浄水場も乳児でも飲めるレベルまでヨウ素131の数値が下がったと発表された。そんなわけで、長々と書いているが(ここまで読んだ読者はほとんどいないと思うが)都内に関してはこの話題は急速に忘れ去られるかもしれない。あるいは今後たとえ0Bq/Lまで数値が下がってもずっと「水道水は危険」と叫ばれ続けるかもしれないし、あるいは本当に危険な数字が今後出てしまうかもしれない。ともあれ、現時点ではワタシは普段通り水道水を摂取しようと腑に落ちた(だからといってこの国家的危機に気が休まるというものではないが)。ただし、「全国の水道の放射能濃度」については今後も一定期間注視しておこう。今、ワタシたちの未来はとても不確かだ。

March 23, 2011

西の代表戦、東の練習試合

●国内サッカーも公式戦はしばらく中断している。Jリーグは4月23日から再開で、4月中の東京電力、東北電力エリア内ではナイトゲームを中止、5月以降も原則として昼の開催となった。問題は夏場か。
●で、代表戦もAマッチはなくなったが、変わりに3月29日(火)に大阪長居スタジアムでニッポン代表vsJリーグ選抜の試合が行なわれることになった。代表メンバーは欧州組もみんな戻って豪華。家長や乾の名が目を引く。キーパーに新潟から東口が初選出。一方、J選抜のほうは元代表組+若い新戦力といった雰囲気。川口、楢崎、中澤、トゥーリオ、中村俊輔、小野、小笠原、大久保といった名前を見ているとどっちが代表なんだかと錯覚しそうになるが、甲府からハーフナー・マイクが呼ばれていて少し嬉しい。あとはもちろん、キング・カズ。
●で、大阪には東日本の分まで思い切り盛り上がってもらうとして、東京では注目の(?)練習試合が開催される。横河武蔵野FCFC東京の東京ダービーが3/27(日)味スタで。JFLとJ2のクラブが対決するドリーム・マッチ(?)。というか東京にはJ1のクラブが存在しないのか!

March 22, 2011

情報中毒

●余震が多すぎたので、みんな「地震酔い」になった。揺れてないのに揺れてるように感じた。三連休の間は余震の回数も減って、しばらくは大きな揺れがないのだが、これまでも一安心したところでまた揺れたりしたので油断できない。今のところ常時お風呂には水をためているが、なにをきっかけに抜けばいいのか……。
●一週間以上、ずっと緊張状態が続いた反動というのは確実にあると思う。そのあらわれ方は人それぞれだとしても。中部以西の方から見るとこっちの人たちはどこかヤられちゃってるように見えるかもしれない。これはたぶん継続的ストレスのせい。
●テレビとインターネットから押し寄せてくる情報のコントロールも難しい。情報中毒というか。大きな話から身近な話まで、いろいろなデマや誤情報も飛び交っている。「なぜそうなのか」をロジカルに自分で考え、自分で確かめることが大切、そうわかっていても人の感情は特に統計的確率的事象に対して合理的にふるまうことをしばしば妨げる。「あの店でも売り切れだぞ!」と叫ばれると、焦ってトイレットペーパーを買いたくなったりする。地震以降、特にウ○チの排出頻度の上昇が観測されているわけではないので、すぐに供給過剰になるだろうとわかっていても。

March 20, 2011

下野竜也指揮読響~東京芸術劇場マチネーシリーズ

●演奏会も何もかも中止・キャンセル・延期の嵐が続き、一体このままでは音楽界(というかもっと大きな枠なんだけど)はどうなってしまうのかと心配していたが、19日と本日、読売日本交響楽団が予定通り演奏会を開催してくれた。気温が上がり天気が快晴だったことと、前夜から大きな余震がなかったこともあってか、池袋に着いてみると日常そのもののような光景が広がっているように思えた。一瞬なにもなかったんじゃないかと錯覚しそうになるほど、雰囲気は明るい。もちろんそれは錯覚で、よく考えたら週末の池袋で人出がこんなに少ないということが異常事態そのものなのだが。店に人が少ない。経済活動の縮退ぶりは明らか、東京は被災地じゃないのに。
●しかしホールに入って、舞台にオーケストラが登場し、実際に音楽がはじまってみると、音楽そのものの力と日常への回帰が一歩前進したという実感が一体になって、とても勇気付けられた気分になった。これがもし熱く盛り上がるような名曲プログラムだったら、客席に特別な気分が醸成されただろうが、この日は「トランスクリプション」をテーマにした凝ったプログラム。バッハ~エルガー編曲の幻想曲とフーガ ハ短調、ブラームス~ベリオ編曲のクラリネット・ソナタ第1番、バッハ~シェーンベルク編曲の「前奏曲とフーガ」他。こんなときにこんな貴重な演目が聴けてしまうとは。巨大編成のバッハ~シェーンベルクを今ここで聴けているという超現実感。一方、ウェーバー~ベルリオーズの「舞踏への勧誘」ではお約束のフライング拍手があって会場に笑いが漏れて和む(あそこで拍手がなかったらそれはそれで寂しいかも)。
●冒頭にバッハ「G線上のアリア」が演奏され、黙祷が捧げられた。また読響からの100万円の寄付に加えて、会場内でも指揮者・楽団員が募金箱を持って立ち、義援金が募られた。ささやかながら協力。この一公演だけで84万円ほどが集まったとか。

March 18, 2011

一週間後

●長い一週間だった。今日は体感的には東京の社会が勢いよく回り始めた気がする。これまでも「動き出したな」と思うと、余震と原発問題と電力不足で後退し、しばらく何事もないとまた動き出すという段階的なプロセスを踏んできたが、今日はメールも電話も増えた感触がある。それに明日から世間は三連休だし。
●集団的なストレスはじわじわと蓄積しているように見える。こんなときだからこそ少しでも他人を和ませるように、励ますようにとふるまう人もいれば、出口のない悲観と不安の再生産に勤しむ人もいる(誰だっていつも強くはいられない)。テレビ・ショーが怖い。悲劇と他責。デマも怖い。コンビニに空っぽの棚が並び、同じ街のスーパーには生鮮食料品がこれでもかというくらい大量に並んでいる。輪番停電は続いているが、直前まで本当に停電になるかならないかはわからないし、結局区内はほとんど停電になっていない。が、昨日は節電しなければ全部落ちますよと警告が出た。電車が間引き運転になると伝えられるとともに、オフィスから住宅地へ人が流れ出す。家でエアコンを切って厚着する。誰も社会の中でお客さんではいられない、前からだけど。
●連休で東京の人々の気が晴れますように。いや、自分も気を晴らしたい。
●演奏会も含め今週の外出予定は全部キャンセルになったが、明日19日(芸劇)と20日(みなとみらい)、読売日本交響楽団が予定通り公演を開催するという!生の音楽を渇望している方も多いのでは。念のため出かける直前にサイトを要確認。

March 16, 2011

5日後

●輪番停電の初日は多くの鉄道が限定的にしか運行できなくなり大混乱したが、その後、鉄道会社へ電力が優先供給されることになり、「移動の手段がない」という事態は避けられた。まだまだ余震も多く、さらに昨晩は静岡で大きな揺れがあった。心配の種は尽きないし、東京においてすら社会が集団的なストレスにさらされ続けていると感じる。人が普段とは異なるふるまいを見せはじめる。気をつけねば。自分も無縁ではないはず。
●目先の演奏会は次から次へと中止へ。記者発表や取材もキャンセル。今はやむをえないのかもしれないが、一刻も早い回復を願う。
●3日ぶりにスーパーへ。午後早めの時間帯だったが、普段よりも人は少なめなくらいに感じた。商品は豊富にある。お米も山積み。ただ、パン、玉子、牛乳、乾電池など特定のものだけが空っぽ。カップラーメンも大人気。パンがないといっても、大手メーカーが作るパンがないだけで、パン屋さんのパンはあったのでバゲットを買った。それ以外は普段の買い物ができた。

March 15, 2011

その翌日から3日間

●地震の翌日以降も余震は続いているが、一方で急激に日常も戻りはじめた。散乱した部屋の片付けは今ひとつ手に付かなかったが、週末の間はたまっていた仕事を片付けることに精を出した。これ、受け取るほうも今受け取ってもどうにもならないかもなあと思ったり、いやいや月曜から猛スピードで世間の日常業務が動き出すかもしれないから、などとも思う。どうなるかわからない
●日曜日の午前中に「ピンポーン」と鳴るので出たら宅配便だった。ポストを見たらメール便も届いている。買い物に行ったらスーパーはちゃんと営業してた。ないものはないが、あるものは十分ある。肉も魚も野菜も果物もある。お客さんが大勢で混雑していたが、これは当然だろう、みんな家に閉じこもっていたんだから。必要物資の調達という面に加えて、日常という最大の気晴らしを求める場所が「スーパー」なんだと思う。他人のカゴを少し観察させてもらったが、特に「買占め」的な雰囲気はなかった。ただ、人数がやたら多いのと(レジで30分くらい待ったか?)、それぞれが普段より少し多めに食べ物を買うことで、一部の商品は売り切れていた。
●帰宅したら、ポストに投げ込みのチラシが入っていた。えっ、今そんなもの宣伝して意味あるの?的な、チラシ。感激する、あまりの日常らしさに。日曜日は天気がよく暖かかったのもよかった。気分が上向きになる。しかし一方で余震は続いているし、もちろんテレビでは凄惨な被災地の映像が延々続いていて、しかも原発の事故まで起こり、気分をどこに持っていけばいいのか悩む。でも仕事があったし、「確定申告」というなんだか場違いな気がする(でも絶対に無視できない)一大世俗イベントもあるわけで、結局朝の5時まで働いてから寝た。
●というのも月曜日から「輪番停電」があると聞いていて、それを考えると電気の心配がない夜中にいろいろやっていこうとも思ったわけだ。この「輪番停電」については情報が錯綜して、当初は都内区部はほとんど停電がないと伝えられたが、その後これは誤りで住宅地を中心に停電することがわかった。やっぱり停電するのか。あれこれと準備をしたが、結局はこの日、都内は停電せずに済んだ。節電が功を奏したのならよかったが、この日は気温が急上昇して日中暖房要らずだったのも大きかったはず。
●そして「輪番停電」の最大の問題は電車。私鉄は停電すると動けないんすね。直前まで電気が来るのかどうかわからず、しかも日々停電時刻が変わるとなると、どうやってダイヤを組むのか。停電の可能性のある地域には電車を走らせないといったことになりつつあるようなのだが、こうなると通勤できなくなる人が出てくる。通勤だけじゃない、仕事で移動するのも大変だ。で、日曜までは急に日常が回復しているように思えたのに、月曜になったらぜんぜん別の問題が顕在化してきた。この一日で、今週出かける予定だった案件がいくつもキャンセルになってしまった。演奏会もどんどん中止になる。今朝まで忙しいと思っていたのに、急に時間ができた。JリーグもJFLも当面中止。この状態が続いたら、「景気が悪くなる」なんてもんじゃ済まない。
●月曜日、確定申告の書類を投函したら、急に娯楽が恋しくなった。スタジアムでビール飲みながらサッカー見るとか。いや、飲まないけど、もともと。

March 14, 2011

地震が起きた日のこと

●信じられないほどのスピードで記憶が薄れていくので、書いておく。2011年3月11日(金)、午後3時より前だったと思う。仕事部屋でPCに向かっているときに最初の揺れが来た。たまたまTwitterを開いていたので「揺れた」と一言つぶやきかけて、やっぱり止めた。揺れが大きくなり、背の高い棚から本などが落ち始め、すぐにこれは普通の地震ではないかもしれないと思った。仕事部屋を出て、背の高い棚がない部屋に移った。ぐわんぐわんと異様に周期の長い強い揺れがやってきて、椅子に座りながら両手でテーブルにつかまるような姿勢を無意識にとって耐えた。テレビをつけて、震源が東北のほうだとわかった。東北なのに東京でこれだけ揺れるのはどういうことなんだろうか。これまでの地震常識とは違う。
●しばらくしてまた強い揺れが来た。バサバサとあちこちから物が落ちる音がする。さっきの余震と呼ぶにはあまりに揺れが強い。今度は四つんばいの姿勢を取った。気のせいなのか、サッシの窓が長方形から平行四辺形に歪んだように見えた。これはさすがに目の錯覚だったと思うが(後で確かめたら無傷だったし)、そのときは建物が倒壊するかもしれないと恐怖し、身の危険を強烈に感じた。冷静に思考することは不可能だった。このときは茨城県沖が震源だったのかもしれないが、よく覚えていない。
●東京で本当に大きな揺れはここまでだったと思うが、その後も執拗に余震が続き、さらにテレビは東北地方の言葉にできない惨状を映し出しており、緊張を解く余裕はまったくなかった。少し落ち着いたら断水時に備えて風呂に水をためようと思うのだが、余震がやまずそのきっかけもなかなかつかめない。ローカルテレビで都知事の記者会見が始まったのだが、しばらく見て唖然としてチャンネルを変えた。津波の映像はどれも怖いが、衝撃だったのは津波とは言ってもあちこちで炎を上げながら濁流が流れてきて、家や車や田畑をどんどん飲み込んでいくことだった。大規模な火災の映像にもショックを受けた。外から聞こえるサイレンの音に神経質になる。窓を体が通る程度に少し開けておいたが、だんだん寒くなり暗くなる頃にはまた閉めたと思う。風呂に水をためた。近所で電柱が傾いていたようだ。電話は家電も携帯もつながりにくく、携帯メールも届かない、PCメールやTwitterは大丈夫だった。電車はすべてストップ。しかしバスが動いていたのは救いだった。平日だったので職場から帰宅できない人が大量に出たが、何時間も歩いて帰宅する人も多かった。夜、〆切があったので、「この〆切は今でも有効なのかな?」と思いつつも、ノートPCでしばらく仕事をした。
●余震が続き、その夜はほとんど眠れなかった。深夜に新潟県中越地方を震源とする地震があったのには驚いた。それはぜんぜん違うメカニズムで発生する地震のはずではないか。震源があちこちに分散している。日本列島はどうなるのか。小松左京の「日本沈没」を(読んでないのに)連想した。緊急地震速報がひっきりなしにやってきて揺れが続くので、だんだん感覚が麻痺しそうになる。
●長かった夜が明けて、外に出たら犬の散歩をしている人とすれ違って、日常的な光景に意表をつかれ、安堵した。あれだけ揺れたのに木造建築も含めてどこも倒壊していない。コンビニに行ってみると、弁当やお結びのコーナーは空っぽだったが、他の食べ物はあった。たまたまそこに弁当類が搬入されてきたので買って帰った。
●深刻な被害を受けた東北から北関東の救援活動や復旧作業が少しでも早く進みますように。そして原発も含め、現場で命懸けの仕事をしている人々が大勢いるということを忘れないようにしたい。

March 11, 2011

ダニエル・ハーディング Music Partner of NJP就任記者発表会

●ダニエル・ハーディング&新日本フィルの記者発表会へ(10日、すみだトリフォニーホール)。ハーディングは今晩マーラー5番プロで新日本フィルとの就任披露公演を迎える。今後3年間にわたって各シーズン定期演奏会で4プログラム6公演を指揮。ハーディングが日本のオーケストラにタイトルを持つなんてスゴいっすよね。
ダニエル・ハーディング記者発表●でも、この Music Partner of NJP っていうのは首席客演指揮者とどう違うんだろうと思ってたら、「同じだと思う。ロンドン交響楽団では首席客演指揮者だけど、ここではMusic Partner。普通ではないけど、ともに音楽を作っていくという点でふさわしい名前」と(ハーディング)。
●ハーディング「新日本フィルとの関係は15年前から始まっていたのかもしれない。かつてタングルウッドで現在の新日本フィル音楽監督アルミンクといっしょに小澤征爾さんのもとで学んだことはすばらしい経験だった。こうして大きな意味での小澤ファミリーのなかで仕事をできるのは喜ばしいこと。新日本フィルは熱意と向上心を持っており、こちらの意図をすばやく実現する理解力がある」
●記者発表に先立ってリハーサルが公開された。ディテールを曖昧にしない、コントラストの強い鮮烈なマーラーが期待できそう。

March 10, 2011

facebookページのURL

●さて、拙facebookページ(って言い方あるのか?)であるが、独自URLを取得したのでお知らせ。facebookページは「いいね!」の人数が25人を超えると、自分で好きなURLを設定することができる(ただし1回限り)。なので、以下のように定めた。

http://www.facebook.com/iiozine

●iio zineってことで。zineのノリ、すなわちワタシのジンでありiio zine。
●で、このブログでも右側に facebookページのエリアを設けた。これ、いいんすよ、すっごく! facebookページとブログとで横断的にコンテンツを共有できるのがいいってことなんだが、それだけじゃなくて。
●まずfacebookページに投稿すると自動的にこのボックスも更新されるんだけど、小さなサムネイル画像が投稿ごとに付いたりするのがカッコかわいい。そして、たとえば今スクロールするとYouTubeから引っぱってきたホヴァネスの交響曲の動画があると思うが、この小さいサムネイルをクリックするとちゃんと再生される! えっ、当たり前だろって? そう、当たり前。ブログにYouTube動画を貼り付けるのと同じっすよ。でもこの小さなボックスの中で見れたり聴けたりするところに圧倒的な素敵ギミック感がある。たとえるなら合体ロボとか。マブチモーターで稼動するプラモデルとか。不要な機能満載のステレオラジカセとか(←いつの時代だ?)。こいつは男子的に超ツボってるぜっ!
●あとこのボックスがあれば「僕はfacebookのアカウントは持たないよ」って方にも、なにをやっているかを伝えられる。もしかしたらこれだけでもそこそこおもしろがってもらえるかもしれない。ただし、このボックスに載っているのはワタシの元投稿だけなんである。コメント欄などはここでは見えない。なので、もし気が向いたら、facebookのアカウントを取って「いいね!」を押してくれると嬉しい。
●facebookはほかにもよくわかんない機能があれこれあるっぽい。ワクワクする!

March 8, 2011

「カルロス・クライバー 無への足跡」

カルロス・クライバー 無への足跡●エリック・シュルツによるドキュメンタリー「カルロス・クライバー 無への足跡」がDVDでリリースされる。昨年のクライバー生誕80周年にドイツのServus TVで制作された作品。ワタシは未見なのだが、友人や証言者たちとしてドミンゴ、ファスベンダー、オットー・シェンク、ミヒャエル・ギーレン、マンフレッド・ホーネック、そして実姉のヴェロニカ・クライバーらが出演しているという。収録時間は72分、3月30日発売予定。これは期待せずにはいられない。
●で、ありがたいことに、これがNHK BSプレミアムシアターで放映されるんである。それどころか、ほかにも一緒に1986年のバイエルン国立管弦楽団日本公演とか(!)、クライバー映像を大放出してくれる。放映日は4月2日(土)および4月9日(土)の午後11時30分~午前3時30分。詳細については BSプレミアムシアターのサイトでご確認を。
●ウチはいまだにテレビもHDDレコーダーもアナログで、最近のテレビにやや辟易してることもあって(ニュース番組ですらもう!)、「このままテレビのない生活に突入しちゃおうかなー、せめて次のワールドカップまで」とか夢想してたんだけど、こういうのがあるからテレビは侮れない。やっぱりテレビから引退は無理かも。買うならハードディスク一体型のほうが場所とらなくていいかなあ、小さいのでいいんだけど。

March 7, 2011

週末フットボール通信。Jリーグ開幕! 名古屋vsマリノス

マリユニ2010●祝!開幕。呪!ロスタイムの失点。怯えつつも(?)待ち望んだJリーグ開幕。いきなりやってしまった……。
マリノスの初戦は王者名古屋とアウェイで。厄介な相手と戦うことになったが、おかげでNHKが中継してくれたのでテレビ観戦。マリノスはキャプテン中村俊輔が怪我でベンチ。こっちの先発だけ書いておくと、GK:飯倉-DF:小林祐三、中澤、栗原、波戸-MF:谷口、小椋、兵藤、長谷川アーリアジャスール-FW:大黒、渡邉千真。昨季、山瀬や坂田ら多くの選手を放出して世代交代を進めるのかと思ったら、大黒だもんなあ(小野裕二は途中出場)。頭の中は?だらけ。脱中村俊輔の中盤構成を課題と見ていたのだが、谷口が加わったのは吉。長谷川アーリアジャスールの大ブレイク待ちでもあり。
●序盤から名古屋の中盤の守備が弱い。ケネディ、玉田、金崎の後ろに藤本淳吾、小川、中村直志というやたら攻撃的な布陣で、これはマリノス側にかなり攻撃のチャンスがあるとは予想していたが、完全にこちらがゲームを支配。兵藤のゴールは見事だった。が、組立て段階でのミスが多いこともあり、攻撃の効率が悪く、名古屋の守備に十分脅威を与えられず。案の定、後半から徐々に押され、猛攻に耐える羽目に。
●で、後半21分、名古屋が金崎に代えて新人永井謙佑を投入したらもう大変。ありえないスピード、加速力。彼が前を向いて走り出したらこちらは誰も追いつけない。終了間際にぶっちぎられた栗原の絶望的なファウルでPKを取られて、ケネディが決めて1-1。もう後半50分だったのでそのまま試合終了。あと一歩で勝利を逃したのもショックだが、それ以上に永井が衝撃的。代表コンビセンターバックでも前を向かれると打つ手なし。
●わかってはいたが今季もマリノスは苦しそう。名古屋も永井以外は寂しいゲーム内容だったが、向こうはコンディション面で不利だったので、まだまだ調子を上げる余地あり。
●てか、黄色いユニのマリノスって。
長友のインテル初ゴールが泣ける。そして笑える。

March 6, 2011

Facebookページを作ってみた

●さて、Facebookなんである。当サイトの、というかワタシの「Facebookページ」を作ってみた。Facebookでは「個人アカウント」のほかに「Facebookページ」という場を作ることができる。もうホントにとりあえず作ってみただけであるが、こういうのは自分で作ってみないと何もわからないと思うので、まずは実践から。どう活用すべきかというのは「走りながら考える」方式で。たぶん、日本でも今後「Facebookページ」はホームページ、ブログに次ぐ、新たな情報発信やコミュニケーションのプラットホームとして機能していくことになるだろう。
●で、まずはワタシの「Facebookページ」を、当ブログのサブコンテンツ的に利用してみようと思う。この「Facebookページ」に流れる情報は3つある。

1) まだブログに取り上げていないけど、早めに一言紹介したいトピックス。速報したいネタ。ブログ記事にするほどの材料はないがぜひ取り上げたい話題。
2) 当ブログの更新情報(フィード)。
3) その他、おもしろそうななんでも(←なんだそりゃ)。

●1)と3)については、すでに現在ワタシのTwitterアカウント上でも同様のことを行なっているとも言えるのだが、特に1)はおそらくFacebookページのほうが向いているかもしれない。Twitterは発散的に伝達していくのでずっとリーチは長いのだが、Facebookページのほうが発信側にとって制御がしやすく、また読む側にとって一覧性が高い。Facebookのほうがパブリックなもの向けか? 似たようなことをやっても違う結果が出てくる気がする。
●2)はネットへのアクセスをすべてFacebookベースで行なう人にもブログの更新情報を伝えるため。
●あと、これは少し迷っているが、当面は参加者もコメントをしたり投稿をしたりできるようにしておこうと思う。それがFacebookのデフォルト設定なので。ブログのコメントはうまく機能させる自信がなく最初からずっと閉じてきたが、実名参加のFacebookでは別の可能性が開かれているかもしれない。
●というわけで、Facebookをご利用の方は以下の「いいね!」ボタンを押してほしい。この「いいね!」を押すと、あなたのFacebookのニュースフィードに、飯尾洋一のFacebookページの投稿が(たまに)流れるようになる。ぜひとも。

●なお、上の「いいね!」は、各ブログ記事の下にある「いいね!」とは少し意味が違うので説明しておこう。ブログ記事の下にある「いいね!」は、クリックしてもその場限りのもので、それによって何かが継続的に起きるものではない。しかし上にあるようなFacebookページの「いいね!」は、そのページの投稿を購読するといった意味合いがある。つまりTwitterの「フォロー」とほぼ同じだ。なお、個人アカウント同士がフレンズになるのと違い、これは相手の承認は不要。どなたでも歓迎。また、一度「いいね!」したけど、やっぱり止めようと思ったらいつでも止められる。

March 4, 2011

METライブビューイング「ニクソン・イン・チャイナ」

ニクソンと毛沢東METライブビューイングでジョン・アダムズ作曲、ピーター・セラーズ演出の「ニクソン・イン・チャイナ」(中国のニクソン)。これ、もう今日が上映最終日なので紹介するには遅すぎなんだが、本当にスゴい。台本が最強。いや歌手も演出もすばらしくて、特に終幕は圧倒されて映画館の座席で茫然としてしまった。
●題材は史実としてのニクソン大統領の中国訪問(1972年。ワタシは憶えてません)。当時中華人民共和国を承認していなかった米国の大統領が電撃的に訪中し、毛沢東主席と会談した。それがオペラになった。でもこれって87年の作品でヒューストン・オペラで初演されたんすよね? それが今MET初演となったわけで、もう古典的レパートリーとなろうとしてるのかも。題材も1987年と2011年じゃ相当に受け止め方が違ってるはず。最初は身近な「事実」が題材だったのが、いずれ「歴史」になり、さらに「神話」として普遍的な物語に昇華されて受け入れられる、といったプロセスをたどりつつあるのか、過去の名作オペラのいくつかがそうであったように。
●登場人物はまずはみんなその通りの人物として出てくる。ニクソン大統領、大統領夫人、毛沢東、毛沢東夫人、周恩来、キッシンジャー。あまりにそれらしくて戯画的なほど。ジョン・アダムズの反復的な音楽が延々と続くんだけど、反復って諧謔と偏執を描くのに都合がいいんすよね。ニクソン大統領に吃音的に同じ語を反復させたり、毛沢東夫人に赤い本(毛沢東語録)を掲げさせて絶叫させたりとか。ニクソンは見栄っ張りだが小心、大統領夫人は心優しいが想像力に欠ける鈍感な女性(幕間のインタビューじゃ作曲者はファーストレディのことをずいぶん上品に形容していたたが、作品の中身にはぜんぜんそう描かれてないぜ)、キッシンジャーは嫌なヤツ、現実的な話をしようとするアメリカ側に対して観念的な話しか返してこない毛沢東、烈火のような毛沢東夫人、実務家の周恩来……。
●第2幕で劇中劇がバレエとして踊られるんすよ。これ最高に可笑しい。訪中団に対して、中国側が寸劇を見せてくれる。で、ここで民衆を踏みにじる超下品な悪徳地主が出てくるんだけど、これをキッシンジャー役(リチャード・ポール・フィンク)が演じてる! 彼が囚われてる農民の娘に抱きついて「ムヒョー、こいつのムチムチなナイスバディはたまんねーぜー!」って歌いながら体をまさぐる。で、いうことをきかない娘を鞭打ちして虐げる。すると、見ていた大統領夫人が狼狽して「まあ、なんて酷いことするの、かわいそうに」っていって娘を介抱しようとする! やれやれ、なんてイジワルなの。劇として演じられてるのに、大統領夫人は本気で助けようとするんだもの。しかもこれって悪徳地主ってのは資本家のことで、この後、虐げられた女子が立ち上がり逆襲し、共産主義サイコーってなるのに、大統領夫人はその女子を助けようとしてるわけで。これは実際にニクソン訪中時に上演された「紅色娘子軍」っていう革命劇を描いているんだとか。
●しかし圧巻なのはなんといっても第3幕。舞台にずらっとベッドがならんでる。で、それぞれ登場人物がベッドのわきにいて、左にはニクソン夫妻が、右には毛沢東夫妻が、中央には周恩来。このオペラではベッドが出てくることで、登場人物が社会的人物ではなく個人として描かれることを示唆する。これでみんな正面を向いて重唱してこそオペラ。それぞれが私的なモノローグを歌う。過去を振り返り、内心を吐露する。登場人物たちが大統領や主席といった社会的人物としての仮面を剥いだととたん、それまでの歴史的事件を描いた物語は急に陰気でやるせない個人の話に帰結する。まさかこんな風に話を閉じるとは。いや、でもこれってスゴい真実。男は社会的動物なんだけどベッドのそばではこうだよ、と。これはワタシの分類では、涙の感動大作。台本もテキストがよく書けていて、味わい深い台詞がいくつもあった。

March 3, 2011

ヴィルデ・フラング来日中

ヴィルデ・フラング●86年生まれの若いヴァイオリニスト、ヴィルデ・フラングが初来日中。CDはシベリウス&プロコフィエフ/ヴァイオリン協奏曲がリリースされている。公演を前にノルウェー大使館で記念イベントが開かれたので足を運んだら、なんと、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタを弾いてくれた(事前に曲目は知らされていない)。なんとなく、インタビューをはさみながらいくつか親しみやすい小品を弾くみたいな展開を予想してたら、がっつりバルトーク。吉。
●会場が音楽専用ホールではなくデッドな音響だったこと、100名程度のごく小さな(といっても大使館の中なんだから十分大きいが)空間と、演奏会とは違ったコンディションではあるが、切れ味鋭いバルトークをバリバリ弾いてくれた。ジャケの「森ガールっぽい雰囲気」とか、何度か見かけたセールス用のキャッチ「北欧の妖精」とかいったイメージとぜんぜん違う。かわいいというよりたくましい。話しぶりも非常に知的な印象。完璧で、優秀。うまい。特にムターと縁が深く、一緒にツアーを回ったり、音楽的なアドバイスを受けたり、「考えられうるあらゆるサポートを受けている」という。
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●さっそくFacebook「いいね!」ボタンを押してくださった方々、ありがとうございます! これは押してもらったから即なにがどうなるというものじゃないんですけど、でもすごく嬉しいんすよね。ワンクリックって偉大だ。「サイト上に何か仕掛けを置いて、それを見た人に反応してもらう」タイプのものって、昔はいろいろできたんだけど、最近はそういうものがなかったからなあ。トラックバックも結局スパムに撲滅されたようなものだし。
●Facebookは仕組みとして実によくできている。なるほど、これはGoogleを凌駕する存在になりうるという話が出てくるのももっともか。
●とりあえず自分のFacebookページを作って、どう活用すべきものなのかと迷い中。このブログとなんらかの形で連動させると同時に、違った機能や役割を持たせるものにしなくては。改めて案内します。

March 2, 2011

FacebookとTwitter

●二日ほど前から、さりげなく(しかし内部的にはそこそこ大工事をして)当ブログの各記事に「いいね!」ボタンを設置した。これは例のアレだ、最近みんなが猛烈な勢いでアカウントを取得し、なおかつ遠巻きに眺めているという(?)Facebookの「いいね!」ボタンなんである。Facebookのアカウントをお持ちの方は「いいな!」と思ったら気軽に「いいね!」を押してくれると嬉しい。「いいな!」と思わなくても「いいね!」してくれたらさらに嬉しいのだが、そこまでは言わない。ちなみにいったん「いいね!」しても、「やっぱりヤだね!」と思ったらいつでも取り消せるので、気が変わりやすい人も安心(笑)。
●「おいおい、つい先日Twitterとかいうのが話題になったら、今度はFacebookかよ、なにが違うんだ!」と思われる方もいるかもしれないので、少し説明しておこう。両者はソーシャル・ネットワークという点では同じだし、利用者層もほとんどそっくりと思われるのだが(参照データ)、いくつか違う点がある。Twitterは一対多、多対多のコミュニケーションを楽しむのにより適していて、誰のアカウントでも一方的にフォローすることが可。ワタシの感覚では「大部屋」のノリ。大部屋にみんないて、その中には近い人も遠い人もいる。そして、人と人が新たに知り合うことができる。
●たとえば、ワタシが仕事でお世話になったレコード会社のAさんがいるとしよう。ワタシはTwitter上でAさんとしばしばやり取りをする。一方、ワタシがネットを通じて知り合った個人的な友人のBさんがいるとする。ワタシとBさんともやり取りが行われる。するとそのうち、Twitter上でAさんとBさんのやり取りが生まれ、しまいにはすごく仲良くなってしまったりする。ワタシはAさんのことをよく知っているし、Bさんのことも知っている。でもAさんとBさんには直接の接点は何ひとつなかったし、会ったこともないのに。Twitter上でこういう場面をもう何度も目にしていて、その度に少し感動する。
●一方、Facebookは「学生寮」みたいなところに各々が「個室」を持つイメージだ(とワタシは感じている)。Facebookの基本的機能は、リアル社会にあるソーシャル・ネットワーク(社会的ネットワーク)を、そのままネットに移動させるところから始まっている。だから、大半の人が実名で参加するし、Facebookという名の通り、顔写真を載せることが推奨される(顔写真がないと同姓同名と容易に見分けがつかない)。いつもはみんな個人情報に神経質なはずなのに、Facebookでは仕事や学歴や居住地や連絡先、ときには信仰や交際状態まで堂々とプライバシーを見せる。というのも、すでに知っている人が相手だから。(見せる相手はある程度コントロールできる。たとえば「友人の友人まで」といったように)。Facebookのサイトの若葉マークをクリックするとこう書いてある。

Facebookは実際の知り合いや同僚、家族とオンライン上でもつながり、関係を深めるためのサービスです。ですので、無差別にリクエスト申請をしたりリクエストを受け付けるのは間違った使い方です。

●ふーむ、そんなの日本の社会で受け入れられるかな、みんな実名に抵抗があるだろうし、大体SNSで同僚とつながりたいヤツなんているかぁ?と、少し前までは疑問を感じていた。でも大勢の人が押し寄せてきているのを見ると、もうそんな段階でもないのかなという気もする。Twitterとの使い分けもなんとなくわからなくもない。
●なわけで、まずはあれこれ試してみよう。

March 1, 2011

LGOとLFJtとKIN

●先日生中継されたシャイー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のライヴだが、現在彼らのウェブサイトでアーカイブを見ることができる……ていうか、彼らのサイトにアクセスしたとたんにいきなり日本語表示になってて、トップページに置かれたコンサート映像がスタートするという超積極的な仕様。これはまもなく同プログラムの日本公演があるからだが、旧東独のオーケストラがこれだけやるとは……。ドヴォルザーク/ヴァイオリン協奏曲の独奏者カヴァコスの弾きっぷりがカッコいい、集中してて求心的で、なんとなく軽くオタっぽい雰囲気を醸し出してるところが。
●今年は新たに「ラ・フォル・ジュルネ鳥栖」が開催される。佐賀県の鳥栖。東京、金沢、新潟、びわ湖に続くLFJ。有料公演は5月6日と7日、テーマは「ウィーンのベートーヴェン」。九州には縁がなく鳥栖になじみもないのだが、サガン鳥栖ができてさらにLFJもできたので、ワタシの脳内日本地図では九州における鳥栖の存在感が一気に増している。
カズオ・イシグロの「夜想曲集」が文庫になっている。音楽好きには猛烈に味わい深い美しくてシニカルで可笑しい短篇集。「わたしを離さないで」よりも傑作だとワタシは思うぞ。

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