
●(承前)もう一回だけ、メルヴィルの「白鯨」の話題を。現在ではアメリカ文学における金字塔とみなされる「白鯨」だが、生前はほとんど本が売れず、評価もされなかった……と聞くと、それはそうだろうと思う。あまりに型破りな小説で、19世紀の読者にとって先駆的すぎたのだろう、と。ほかの主要作品、「書記バートルビー」も、「ビリー・バッド」(ブリテンがオペラ化した)も商業的な成功を収めていない。ただ、意外なことに、これらの主要作以前のメルヴィルは人気作家として名声を築いていたという。「ニューヨーク・タイムズ」の1891年10月2日付のメルヴィル追悼記事は、「今ではほとんど名の知られていない作家がひっそりと世を去ったが、40年前はハーマン・メルヴィルの新作が刊行されることは文学界の事件とみなされていた。あれほど名声を博した作家が、これほど急速に忘れ去られたのはなぜなのか」といった論調で書かれている。初期の売れた作品は南太平洋を舞台にした冒険小説や旅行記だというのだが、どれも知らない作品ばかり。生前と現在で、評価される作品がまるで違っている。
●ブリテンがオペラ化した「ビリー・バッド」は、明確にそう書かれていないけど、男性同士の欲望と抑圧がテーマになっている。美しすぎる新米水兵が軍艦に徴用されたことで、船内の男たちの感情の均衡が崩れる。集団から疎外された人物、そして男性同士の欲望が題材になっている点で、ブリテンのオペラ「ピーター・グライムズ」とも共通点が多いと思っていたが、「白鯨」でもやはり男性同士の連帯や親密さが描かれていたことを思い出す。語り手イシュメールと人食い人種の銛打ちクイークェグの結びつきもそうだし、その1で書いたように、船長エイハブと一等航海士スターバックは正反対の立場にもかかわらず、第132章「交響楽」で恋人同士のような特別な感情で結ばれる。
[過去記事一覧]
メルヴィル「白鯨」 その1 スターバックスの由来
メルヴィル「白鯨」 その2 鯨を食べる者
メルヴィル「白鯨」 その3 なんのために鯨を捕まえるのか
メルヴィル「白鯨」 その4 「イシュメールと呼んでくれ」
メルヴィル「白鯨」 その5 冷蔵庫もない時代に船でなにを食べていたか
メルヴィル「白鯨」 その6 海のマクベス





●5日のキリンカップの決勝は、日本代表vsニュージーランド代表。ニッポンの先発メンバーを見て驚いたのは、4バックだったこと。森保監督が4バックを採用したのは何年ぶりだろう。就任当初は従来のフォーメーションを引き継いで4バックだったけど、今や完全に3バックが定着して、長らく代表からサイドバックというポジションがなくなっていた。しかも3バックでのウィングバックは三笘や中村敬斗、堂安や伊東などフォワード調の選手がベース。純正サイドバックタイプの選手の需要が激減してしまった。
